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大阪地方裁判所 昭和61年(行ウ)34号 判決 1990年8月10日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

仲田隆明

武村二三夫

被告

大阪府教育委員会

右代表者委員長

若槻哲雄

右訴訟代理人弁護士

比嘉廉丈

右指定代理人

辻田宣伸

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

被告が原告に対し、昭和五七年一〇月一五日付でなした懲戒免職処分はこれを取り消す。

第二事案の概要

一争いのない事実

1  被告は、昭和五七年一〇月一五日付で当時大阪府立池田高等学校(以下「池田高校」という。)の教諭であった原告に対し、次のような理由のもとに地方公務員法(以下「法」という。)二九条一項一号により懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)を行った。

(一) 原告は、妻子(当時長女八歳、次女五歳)ある身であるにもかかわらず、同五六年二学期ころから、当時池田高校に在学中の乙川春子(以下「春子」という。)と交際を始め、周囲の生徒・教師から注視され、原告らの行動を目撃した生徒や教師の評判となった。

(二) 原告は、春子の両親の抗議、担任教諭三井一彦の注意にもかかわらず、いっこうに右態度を改めようとせず、春子が池田高校を卒業した直後の同五七年四月ころ、遂に肉体関係をもつに至った。

(三) 原告らの右行動は、同窓生・在校生のみならず地域住民にまで、池田高校の教育に対する不信の念を惹起させるところとなった。

(四) 原告の右行為は、師弟という関係において倫理上許されるべきものではないとともに、生徒の教育に携わる教育公務員としての社会的信用を著しく失墜するものであり、法三三条に違反する。

2  原告は、同五七年一一月二五日、大阪府人事委員会に対し、法四九条の二第一項により、本件処分の審査請求をしたところ、同委員会は、同六二年七月三一日、本件処分を承認するとの裁決をした。

二争点

原告は、本件処分理由につき、①原告と春子との間に肉体関係はなく、②そもそも、単なる男女関係の存在及びその反倫理性をもって懲戒事由とすることはできないと争い、加えて、本件処分は、③原告の正当な教育実践及び組合活動を嫌悪し、原告を排除することを意図してなされたものであり、また、④公正な手続を経ていないから、本件処分は違法であり取消しを免れないと主張する。

被告は、本件処分理由が事実として存在することを主張し、原告の右主張②③④を争った。

第三争点に対する判断

一原告と春子の交際の事実及び本件処分に至るまでの事実経過について

1  争いのない事実と証拠(<書証番号略>、三井一彦、三上五城、乙川春子、原、原告)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、昭和二三年一一月二三日生まれで、大学卒業後、同五〇年四月一日、大阪府立公立学校教員として採用され、府立西成高等学校教諭を経て、同五六年四月一日から本件処分を受けるまでの間、池田高校に英語科教諭として勤務し、同五七年四月以降一年八組の学級担任を受け持っていた。

また、原告は、後記のように春子と交際を始めた当時、妻子(長女八歳、次女五歳)ある身で、婚姻関係に破綻はみられなかった。

春子は、同三八年六月一二日生まれで、同五四年二月池田高校に入学し、同五六年度は、三井一彦教諭(保健体育担当)が担任の三年三組に所属し、原告担当の選択英語を受講した。

(二) 原告は、同五六年度二学期に入ってから、昼休み等の休憩時間に春子(当時一八歳)と二人だけて、教室、廊下、校内の食堂、ベンチ等において親しく話し合ったりすることが多かった。例えは、同僚の西山教諭は、原告が壁に手をかけ、その壁を背にして春子がおり、二人がかなり接近している状態を目撃している(西山教諭の供述・<書証番号略>)。また、原告は、放課後、同女をオートバイの後部座席に乗せて、大阪市北区梅田方面まで送るなどしたことが数回あったうえ、二人で喫茶店に入ったり、互いの家を訪問しあったこともあった。右経過の中で、原告は、同五六年一一月頃、春子から好意を抱いている旨を打ち明けられた。

(三) 三井教諭は、同年一〇月頃、原告と春子が、人目につきにくい汲み上げポンプの階段に座って話をしたり、同年一一月中頃、原告がオートバイの後部座席に春子を乗せて池田高校の西門から出ようとしていたのを目撃して両者の関係を心配し(三井教諭の供述・<書証番号略>、昭和六三年九月一六日付け証人調書一二丁裏)、同年一二月ころ、春子を体育教官室に呼び、節度ある行動をとるように注意した。

また、原告は、同五七年一月中旬の午前一〇時ころ、授業時間中であるのに、校外を春子と肩を組んで歩いたことがあった(藤本教諭の供述・<書証番号略>。三井教諭の供述・<書証番号略>)のみならず、西山教諭(社会科担当)の授業時間中、約一時間にわたって、春子を教室から連れ出したため、同教諭は、原告に対し、右行動を注意した(西山教諭の供述・<書証番号略>)。

(四) このようにして、原告は、春子が同五七年三月池田高校を卒業した後、同女と一層親しく交際するようになり、遂に肉体関係をもつに至った。

(五) 三井教諭は、同五七年五月中旬ころ、春子の母親乙川夏子(以下「夏子」という。)から電話で、原告と春子の交際に関する相談を受けた。

その内容は、夏子は、春子から同年五月上旬の連休明けに生理が遅れており妊娠の可能性がある旨を告白され、原告との間に既に肉体関係があるものと判断し、原告宅に数回抗議の電話をかけ、春子との交際をやめるよう申し入れたが、話し合いがつかなかったというものであった<書証番号略>。

(六) 三井教諭は、同年六月上旬ころ、池田高校を訪問した夏子から同校応援室において同趣旨の説明を受け、教頭及び三上五城校長(以下「三上校長」という。)に対し、右経過を報告したところ、同校長から原告と話し合うよう指示された。そこで、同教諭は、数日後、同校会議室において、原告に対し、夏子の前記相談内容の真偽を問い質したところ、原告はこれを否定しなかった。そこで、同教諭は原告に対し、同女と交際を絶って欲しいとの夏子の願いを伝え、自重を求めたところ、原告は、同女との関係はあくまでもプライベートな問題であり、第三者の立ち入るべきものではないこと、妊娠の有無は子供が生まれていないから訴訟しても証拠はないと述べた。

三上校長は、同月中旬ころ、校長室において、原告に事実を確認したところ、原告は春子が池田高校を卒業後、同女と肉体関係をもったことを告白したので、原告に対し、教師としての資質に欠ける旨詰問し、責任を追及した。

三井教諭は、同年六月下旬ころ、春子に来校を求め、保健講義室において約一時間話し合った。その際、同教諭は同女に対し、夏子から原告との交際に関して相談があったことを伝え、原告との肉体関係の有無について問い質したところ、同女がこれを明確に否定はしなかった。

(七) 同五七年九月一八日開催の池田高校同窓会定例役員会において、原告と春子との関係をめぐる噂が広まり、保護者、同窓生、地域住民等の間で問題になっている旨の指摘があり、三上校長に対し、事情を説明するようにとの要請があった。翌一九日開催の同校PTA実行委員会においても、三上校長に対し、同趣旨の指摘、要請があった。

(八) 原告は、右同窓会やPTAにおいて、春子との交際を理由として原告の処分を求める動きがあるものと考え、同年九月二二日、大阪府教育会館で開催の大阪府立高等学校教職員組合(以下「府高教」という。)分会代表者会議に出席していた府高教池田高校分会(以下「池田分会」という。)の西川一義分会長(以下「西川分会長」という。)を訪れ、在校の生徒ないし卒業生との恋愛、セックスないし結婚は自由で、プライバシーの問題であり、これを問題視することは失当であるから、同分会で取りあげ、援助して欲しい旨を要請した。そこで、西川分会長は、原告に対し、分会執行委員会に諮る旨を述べるとともに、春子との交際にかかる事実関係を聞いたところ、原告は、春子の卒業後肉体関係をもったことを認め、春子の親が非常に立腹していることを述べた。西川分会長は、同月二四日、教務室で、原告に春子との肉体関係を再度確認したうえ、同分会執行委員会にのぞんだ。同委員会は、原告の行為につき、「教師として社会的通念に著しく反しているので、そのために生ずる不利益に対しては、分会で権利侵害の問題としてとりあげることはできない」との執行部見解を全員一致で採択したので、同分会長は即日原告に右結果を書面で伝えた。しかし、原告は、これに承服できず、同分会長に対し、分会執行委員会で再考して欲しい旨を要望したところ、同分会長は、分会執行委員会を持ち回りで開いたが、同執行委員会は、再考の余地はないとの結論に達した。そこで、同分会長は、同月二五日、原告に対し、その旨を告知するとともに、分会会議の開催を求めるか否かを確認したところ、原告はこれを辞退した(西山分会長の供述・<書証番号略>)。

(九) 被告教職員課(以下「教職員課」という。)参事の原正敏(以下「原参事」という。)は、原告と春子との関係をめぐる噂が保護者、同窓生、地域住民等の間で広まっていることを知り、事実を明確に把握する必要があると判断し、同五七年九月二二日午前中、三上校長の出頭を求め、文書で報告するよう要請した。また、教職員課長の幸田豊も、同日午後、同校長に再度出頭を求め、同件について改めて事情聴取を行った。そこで、三上校長は、同年九月二四日、教職員課に対し原告と春子との交際に関する報告書を提出した。

(一〇) 続いて、三上校長は、同年九月二五日、原告と春子の交際に関する事実関係を明確にするようにとの被告の指示に基づいて、原告に対し春子との交際について事情聴取したところ、原告は同女との肉体関係の存在を認めながらも、プライベートな恋愛問題であり自らの行為に非はない旨を主張した。その際、同校長は、原告に対し、「交際を始めた時期」、「肉体関係を持った時期」、「今どう思っているか」及び「責任についてどう考えているか」の四項目を書いたメモを手渡し、同項目について、同月二八日までに供述書を書いて提出するように命じた(<書証番号略>)。同月二八日、原告から供述書(<書証番号略>)が提出されたので、同校長は、同供述書をもとに原告に対し事情聴取を行ったうえ、同月二九日、前記報告書提出後同日までに把握した事実関係をまとめ、原告の供述書を添えて教職員課に提出した。更に、三上校長は、同年九月下旬ころ、池田高校教頭の平田友亮を通じて三井教諭、西川分会長ら数名の教諭等に対し、原告と春子の関係についてそれぞれ了知している内容を文書で提出させたうえ、当該文書を教職員課に提出した。

(一一) 教職員課の原参事らは、同年一〇月一日、池田高校会議室において原告から事情聴取を行った。その際、原告は、春子との恋愛関係を認めたが、同女との肉体関係の存在は否定した。次いで、原参事らは、同月四日、三上校長、三井教諭立ち会いのもとに、同会議室において原告に対する第二回目の事情聴取を行ったところ、原告は、同五七年六月上旬ころに三井教諭と話し合った際、同教諭に対して「肉体関係はあったが、子供が産まれていない以上、証拠はない」という趣旨の発言をしたことは自認したものの、右肉体関係とは、性交ではなく単に身体を触れ合うことを指すにすぎない旨を弁解した。また、原告は、妻のある教師が婚姻外の女性関係をもった場合、その教師自身と妻、当該女性との間で問題は生じても、それ以外の関係では社会通念上、問題とすべきではない旨を述べた。

(一二) 三上校長及び三井教諭は、同年九月下旬ころないし一〇月初めころ、夏子に池田高校に来校を求め、原告と春子の関係について再度事実確認をしたところ、夏子は自ら持参したメモに基づいて供述したので、同校長は、二、三日後、右供述内容を文書化し、夏子に提示したところ、夏子は、同文書の記載内容が自ら供述した内容と相違ない旨を確認したうえで、三上校長、三井教諭とともに同文書に署名捺印した。右文書には、同五七年五月上旬の連休明けに春子が夏子に対し、生理が遅れ妊娠しているかもしれない旨を相談した際、原告と関係したことを認めたこと、春子が原告から生理が始まるまで身体の状態を報告するように言われたこと及び原告が失敗したかもしれないと心配そうであったことを夏子に述べた旨、さらに、春子が「せっかく子供ができたから処置したくない」と述べたため、その処置をめぐって夏子と春子との間で口論になったこと、五月中旬ころより原告夫婦と電話で春子の妊娠問題について話し合ったが解決の方法が見つからず、その後、春子の生理が始まったので一応安心したことなどが記載されていた。三上校長は、同年一〇月六日ころまでに、右文書を教職員課に提出した。

(一三) 右経過を辿り、被告は、同年一〇月一五日午前、本件処分を決定し、同日午後、池田高校校長室において、三上校長及び教職員課管理係長椙征一を通じて本件処分の辞令及び処分説明書を原告に交付した。

2  原告は、池田高校教諭らの人事委員会及び当法廷における各供述は、原告の池田高校における言動に嫌悪感を持ち、ことさら原告と春子の関係を問題視したもので信用できないと主張する。

しかしながら、各教諭らの供述に照らすと、各教諭らが原告に好意を抱いていたとは到底認められないものの、原告に処分を受けさせることを意図し、ことさら記憶に反した虚偽の供述をしたと認めることはできず、日時の点において多少不明確な点はみられるものの、自己の体験した事実について供述したものであり、十分信用できる。これらの供述に反する原告本人及び春子の人事委員会及び当法廷における供述は信用することができないというほかない。

二本件処分理由(法三三条該当事実)の存否について

1  法三三条は、地方公共団体の職員は、住民の信託を受けて、住民全体の奉仕者として公務に従事するものであるところ、職員の行為は、該当職員の信用を左右するのみならず、地方公共団体の行政執行そのものに対する住民の信託、信頼にも大きな影響を与えるとの観点から、職員に対し職責を果たすにふさわしくない行為を禁じたもの(それ故、教員たる者には教育者にふさわしい高度の倫理と厳しい自律心が要求されている)であるから、健全な社会通念に照らし、その職の信用を損ない若しくは職全体の不名誉とみられるような行為である限り、職の内外を問わず、また、犯罪に当たるか否かを問わず、同条に違反するものと解される。

2  前記認定事実によれば、原告は妻子ある高校教師でありながら教え子であった女子生徒とその在学中から親密な交際を始め、卒業後間もなく肉体関係をもつに至り、池田高校の生徒、保護者及び地域住民に動揺を与えたのである。そうすると、原告は社会生活上の倫理はもとより教員に要求される高度の倫理に反し、教員に対する社会の期待と信頼を著しく裏切ったものであり、池田高校の生徒をはじめ保護者及び地域住民に与えた不信感は容易に払拭しがたいといわざるをえない。

したがって、原告は、法三三条が禁じる、その職の信用を傷つけ、職員の職全体の不名誉となるような行為を行ったものというべきである。

三本件処分の適否

1  前記認定の懲戒事由に該当する原告の行為の性質、態様、影響、右行為の前後における原告の態度などを考慮すると、被告が、所管に属する大阪府下の府立高等学校の教諭の任免等を管理執行する立場においてなした本件処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したものと認めることはできない。

2  原告は、本件処分が原告の正当な教育実践及び組合活動を嫌悪し、これを抑圧するために行われたものであり、他事考慮である旨主張する。

証拠(<書証番号略>、三上五城、大今歩、原告)によれば、原告は、意に反して西成高等学校から池田高校への異動発令を受けたこと、同五七年度の二名の教員増員の配置などの池田高校における職場態勢の問題について同校管理職らとの間に意見の相違があったこと、同校において従来から進められていたいわゆる「バイクの三ない運動」を批判し、同年度文化祭の中夜祭の終了時刻問題について生徒の自主的判断を尊重すべきであると強く主張するなど生徒指導の考え方において同校管理職ほか多数の教員と意見の相違があったこと、同年二月の同校卒業式の際、掲揚されていた日の丸を降ろした生徒の処分をめぐり、同校管理職ほか多数の教員との間に意見の相違があったこと、また、本件処分後、同五八年及び同五九年九月の同校文化祭の際、校内への立ち入りを拒否されたこと、被告が文部省の指導のもと公立学校の卒、入学式における日の丸掲揚を推し進めていたのに対し、同校の相対多数の職員が反対し、原告もその中の一人であったことなどを認めることができる。これらの事実に照らすと、原告は同校管理職のほか多くの教員からも嫌悪されていたのみならず、被告も、校長を通じ、これらのことを把握しており、本件処分に当たっても原告に関する諸般の事情の一つとして考慮に入れていたものと推認できるが、被告において、原告を嫌悪し、排除すること自体を動機ないし目的として、あるいは、原告の思想や教育実践・組合活動を決定的要素として、本件処分を行ったものと認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件処分は、裁量権の濫用あるいは他事考慮がされた違法があるということはできないというべきである。

3  本件処分に至る手続きについて

法四九条一項は、任命権者が職員に対し懲戒処分その他の不利益処分を行う場合、処分理由説明書を交付すべきことを定めているが、前記認定のとおり、被告は、本件処分に先立ち、原告が三上校長から「交際を始めた時期」、「肉体関係を持った時期」、「今どう思っているか」及び「責任についてどう考えているか」の四項目について書くように指示され提出した供述書<書証番号略>をもとに二回の事情聴取を行い、実質上、原告に処分理由に対する弁解の機会を与え、本件処分に際しては、原告に対し処分理由説明書を交付しているから、同条所定の手続に何ら欠けるところはなかったものというべきである。原告は、被告が春子と夏子から直接事情聴取をしなかったことをもって不公正であると論難するが、同女らから事情聴取を行うか否かは被告の裁量に委ねられているところであり、この点をもって本件処分を違法ということはできない。

四結論

以上によれば、本件処分は適法であって、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官蒲原範明 裁判官市村弘 裁判官冨田一彦)

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